猫ようかん出張所
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今週の 『天保異聞 妖奇士』(#22)
2007/03/13(火) 02:39 
 かりそめの居場所に身を置きつつ、蝶になる女のエピソードを経てなお、“異界”にその瞳を向ける、少女アトル。

 今週のエピソードを見てなんとなく解ったような気がします。
 アトルの現在の“揺らぐ心”は、「またあさってには酒を飲むかもしれない」あの飲んだくれ親父と同じなのです。

 それは“酔い”のようなもの。異界を望む心、すなわち“酒に逃げる行為”にも同義に成り得ますね。本人は心地よくても、周りになにを与えているかわかりません。あの長屋の少女と酒飲みの父親の関係は、これを象徴しています。

 今回のエピソードには実にいろんな要素が入っていて面白かったです。

 あの子が生んだ妖夷は、形をともなっていたから解りやすかったですが、本当は、親父が生み出していたものの方にも目を向けるべきなんですね。

 人が2人以上集まれば、それがたとえ肉親であろうといろいろなものを生み出すということです。ましてやそれが国同士ともなれば。鎖国していた日本で、その先端のわずかな接触ですら、岡田さんのような悲劇を生みました。

 さて、自分を今生の最後の逃げる場所と定めてくれた岡田さんを、アトルはできうる限りの手を尽くして助けようとします。異界を開こうとしていた少女を利用しようとまでしそうになりますが、すんでのところで思いとどまります(やっぱいい子だ!)。

 解りやすいのはこのあたりのテーマもそうでしょうね。救おうとして、どうにもならないものも世の中にはある。今回のお話で良かったのは、岡田氏が切腹の寸前、アトルのいた遊郭のことを思い浮かべて「面白かった」と感慨を述べるところかもしれません。そんな救いは“かりそめ”とアトルは知っていて、「この世は面白いか?」と涙します。なんて優しい子なんでしょう(´д⊂ヽ。

 そんな世の中ですけど、アトルが岡田さんにあげることができた“救い”というのは、決してちっぽけな価値のものじゃない、と信じたいですね……。

 ちなみに、往壓の「今は目をさましても、三日後にはどうせまた酒を呑んで娘を悲しませるんだ」という理解の仕方も、岡田さんの件と同じで、“どうにもならない”ことのうちのひとつなんですよね。やっぱオトナですねぇ。だからこそ、幼いアトルの一生懸命さが可愛いわけですし、流した涙の純粋さが美しいわけですけど。

 今回のサブタイトルの「帰ってこないヨッパライ」は、あの親父であり、岡田さんであり、さらに強引に言えば、アトルのことでもあると思うわけです。

 たった1話のエピソードでのこのまとめ方は、かなり上手いです。こういうエピソードをもっと観たいわけですよ(^_^;。あああ。


 余談ですが、日曜に友人たちとカラオケに行って、「妖奇士」主題歌4曲を全制覇してきました。打ち切り決定記念 orz


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TBありがとうございます(^^)。TBいただいた記事はぜんぶ読ませていただいてます~。
TBはほぼ100%お返ししてますが、たまにはじかれることがあるようです。
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