猫ようかん出張所
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ラクガキ「水銀燈」
2006/07/22(土) 22:26 
 以前「翠星石&蒼星石」を描いた時に同時にラクガキしたものです。


【クリックすると大きな絵が開きます】

 ボクは第2期でヒジョーに銀ちゃんが好きになりました。

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ラクガキ「歌う長門さん」
2006/07/10(月) 06:19 
 長門さんなら、もうなんでもアリだ(^_^;。

 EDでもフツーに踊ってますし、カラオケに連れてってハルヒが「ホラ、有希も歌って」とマイクを差し出したら、こんなカンジで朗々と歌ってくれちゃったりするわけですよ。きっと。

歌う長門さん
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 最近忙しくて、ほかの絵師さんの絵をまるで見てません。この歌ネタもきっといろんなトコで描かれてんだろーなぁ、と思いつつ、あえて描く! 描きたかったから。


 こないだ電車の中で、「God Knows...」と「Lost my music」を聴きながら原作の文化祭ライブのあたりを読みましたが、至福でした('∇'*)。

たまにはF1
2006/07/02(日) 05:36 
 F1の話題です。最近感じてることなどを少々。


 モナコでのシューマッハーの例の行為について、F1雑誌などでキビシい批判の意見が飛び交ってるのを見て、少々意外な感じを受けています。

 先に言っときますけど、彼を擁護する気はまったくないです(^_^;。アントニーノーズで車を停めた瞬間に「ワザとかーっ!?」という内容のメールを友人に送ったりはしましたけど、ボクとしては、「またか」としか思わなかった。ヒルやヴィルヌーブ相手に過去、同じようなことやってますしね。

 あれだけ偉大な成績をあげ、現在でもなお最強の名をほしいままにしている“赤き皇帝”。その男が時折見せる、勝利への執念から発してしまうとおぼしき、抑えきれない“闇”。
 実際、クリーンなファイトを貫いてチャンピオンになったドライバーはたくさんいますので、シューが弾劾されるのはしょうがないですが、セナなんかにしてもある種の“えげつなさ”は持っていました (ボクは、初めて見たF1が90年の鈴鹿でした。チャンピオンを確定させるため、1コーナーでプロストにわざと突っ込んだ、あれがボクのセナについての第一印象)。

 では、なぜシューだけがあれほど手厳しく批判されるのでしょうか。


 我々は、TVカメラやジャーナリストの目を通してしか、ドライバーの人となりを知ることができません。裏を返すと、我々よりもはるかにドライバー個人と接触する機会の多いジャーナリストたちの抱く印象が、そのままこちらに伝わっているからなのでしょうね。

 セナは“貴公子”、シューは“帝王”と呼ばれています。
 シューは人間的に良いところもたくさん持っているのでしょうけど(金持ちな割に貧乏性なトコもある、というエピソードとか聞くと微笑ましいですし、セナの記録に追いついた時に見せた涙がウソのものではないことも明らかです)、やはりその態度において“尊大”に受け取られることも多いのでしょう。

 それが、ああいう事件を起こした時に、「やっぱりやりやがった」という感想につながるし、ボクのように「またか」と反射的に思わせる結果になる。

 これから先、どんなにクリーンファイトを続けても、また、先だってのスマトラ沖地震の義援金寄付のような神のような慈悲を見せても、こうした評価はぜったいに消えないでしょう。それが非常に残念なだなぁ、という気がするんですよね。
 (ついでに言うと、寄付の件については、あるジャーナリストも書いてましたが、あれを“売名行為”とか“偽善”だとかはボクも思わないです)

 ハッキネンとのチャンピオン争いをしていた1998~1999年は、我々にとっても彼にとっても、最も幸せな時期であったのかもしれません。

 余談ですが、今回の事件で彼の行為についてコメントをほとんど発しなかったのは、アロンソくらいだったそうです。ほぼチャンピオンは決定したようなものである今のアロンソにとっては、どうでもいいことなのかもしれませんが、ドライバーの安全がどうのこうの、という話になった時に余計な口を開かずにいたのは、過去においてはやっぱりハッキネンやアレジといった、他に一目置かれる紳士的なドライバーだったようです (アロンソは相当“やんちゃ”みたいですけどね)。

 GPDAなどでの各ドライバーの言動は、たまに記事で見ることがありますけど、無駄口をたたかず“コースで勝負すればいい”的な古風なドライバーの方が、個人的には好ましいなあ。


 さて、新車の登場が遅れ、サードドライバーに左近を入れたSAF1ですが、世間的にはどう見られているのでしょうか。

 個人的には、オールジャパンだとか言って左近をレギュラーに、という方向に固執はしない方がいいと思うんですけど。ルノー+ミシュランのフレンチチームだって、ドライバーはふたりとも仏人じゃないのよね (イタリアのフェラーリもそう)。


 佐藤琢磨がSAF1でレース人生を終えるという覚悟を固めているなら別ですが、もし彼が他のチームへの引き抜き、そしてワールドチャンピオンになる道をまだ希望しているのだったら、ルノーで長くテストドライバーを続け、関係者に実力のほどがよく伝わっているモンタニーがセカンドにいてくれた方が評価は上がると思います。

 井出の時もそうでしたけど、新人の日本人に対して予選や決勝で勝ったからといって、なんの評価にもならないです。新型のマシンが他の下位チームを打ち破るパフォーマンスを見せたとしても、同じこと。モンタニーに常に勝って、なおかつトロロッソやMF1の前に出た時にはじめて、佐藤琢磨は認められるのです。

 ボクはまだ10年程度しかF1を見ていませんが、それでもSAF1がF1でチャンピオンを取ることの現実性が、限りなく低いところにあるのは理解できます。W杯で日本代表が優勝できると思われていたように世間ではスーパーアグリが“勝てる”と信じられているのかもしれませんが、それは絶対にあり得ませんから。

 SAF1は良いチームだと思うし、ガンバってもらいたいという気持ちは、日本人として当然もっていますが、佐藤琢磨個人については、ここに長く居続けるべきではない、と思っています。琢磨を本気で応援していた自分だからこそ、強くそう思う。

 亜久里自身がオールジャパンに固執してない、とハッキリ言っていることが救いです。彼もF1の世界が長いですから、その危険性をよく解っているようです。

 SAF1には、個人的にミナルディのように末永くF1の世界で愛されるチームになってほしいな、と思います。チャンスがあれば日本人の若手にシートを与えつつ、自分たちに求められているF1での役割をきちんと果たし、F1に貢献して認められてほしい。今はミナルディがなくなってしまいましたから、新人がF1修業をするためのチームが消えてしまいました。SAF1がその自覚に目覚めれば、今よりももっと好意的にF1界に受け入れてもらえるはずです。

 そこを見誤って、「日本が日本が」とやってしまうと、ぜったいにF1の世界では成功できません。観戦する我々日本人F1ファンも、そのあたりのことを勘違いしないようにしないと。

 ま、フジ中継が「ジャパンパワーだ、オールジャパンだ」と連呼するのをウンザリしながら聞き流してらっしゃる賢明なる諸兄には、あえて言うほどのことでもなかったわけですが(^_^;。


 琢磨が「SAF1で成績を出す」ことをキャリアすべてを捧げての目標にするなら、それはそれで結構なことだと思いますけどね(^^)。その場合はきちんと応援します、ボクは。


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