猫ようかん出張所
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半年ぶりの再会『天保異聞 妖奇士』第6巻
2007/10/18(木) 01:40 

 先週の土曜、友人につき合ってもらって秋葉原に行って、前々から買わなくては……と思っていたDVDを2枚買ってきました。

 『天保異聞 妖奇士』第6巻と、『ぽてまよ』第1巻です。

 『妖奇士』の方は、未放映のエピソードが入っているというので、これは観ておかなくては、と思って楽しみにしていました。発売されてから1ヶ月以上経ってますけどね(^_^;。ちなみにまだ、1、5、6巻しか買ってないので、そのうち全部揃えます。

 本編を楽しんでいた人にとっては、まぎれもなく『妖奇士』そのもので、満足のいくものでした。もっと観たかった、という欲求はカンペキに満たされます。奇士の面々が再び集結するシーンは、懐かしさがこみ上げてきました。アトルはその後も相変わらずクールで、往壓さんに対してまったく“デレ”がありませんね(^^)。“素直クール”の鑑だ。

 次回予告では、髪を落とした宰蔵の姿が……! おそらく捕まってしまったであろう小笠原さんを救出、とかそんな感じでしょうか。ふたりの間も、なにか進展があればファンとしては嬉しいのですが。

 『ぽてまよ』の方にも特典映像として新作のミニエピソードが入ってました。ぽてまよ2000%増量のお話。毎回新作が付くなら、全巻揃えてもいいかなぁ。

 やっぱ『ぽてまよ』は、オープニング&エンディングの映像×歌、そして本編も合わせて完成度が本当に高いです。あれだけのものを作ってもらえたら、ボクが作者だったら「もう死んでもイイ」とさえ思えるくらいです。いいなぁ。

 DVDには特典として「ラバーキーチェーン」がついてました。これがまたよくできてる! 一瞬バイクのキーに付けようかと思ったのですが……。基本的に誰に見られるわけでもないし、と思ったら、ガソリンスタンドでヤバイな、と気づいて思いとどまりました(^_^;。

 んで、もう1つの特典が、番組のWebラジオかなにかが入ったオマケCDでした。レジで石丸の店員さんがいきなりそのCDを出してきて、ニコニコしながら胸の前にスチャッと構えるもんで、一瞬「ご一緒に主題歌シングルもいかがですかぁ?」とか言い始めるのかと思って「えええええ??」と引き気味になりましたが(笑)。「こちら、特典になります♪」……そりゃそうだよな(^_^;。

今週の 『天保異聞 妖奇士』(#25・最終回)
2007/04/01(日) 04:17 
 悪くない終わり、でしたよ(^^)。

 少なくとも、ボクにとっては新OPに替わった時にすでに望みとしてあった往壓さんの姿が見れたので、大満足です。

 まさかあそこまで、「こういう展開になるといいなぁ」というのがホントになるとは思ってなかったですけど(^_^;。

 アトルに対して、往壓は「おまえにはなにもやれなかった」と述懐しますが、それはたしかにその通りだったのでしょう。ボクが思うに、無意識的にしろ、たぶんアトルは往壓から“確かな生きていく意味”を与えて欲しかったんじゃないかという気がするんです。

 人が生きていく理由なんて、実はこの「妖奇士」の最終回のアトルのように、誰かひとりからでいいから「おまえにいてほしい」と言ってもらえれば済むもんなんです。往壓さんの懺悔はアトルにとっても意外だったかもしれませんが、ああいう風に言ってもらえて嬉しかっただろうなと思うわけです。てか、ぶっちゃけ愛の告白以外のなにものでもないわ、アレ(^_^;。

 そういう風に読み解くと、新エンディングの歌詞の、そういう感情が愛だって解るかも、というフレーズにかぶってくるなぁ、と感じます。あれはもはやどこからどう見てもアトルの歌ですよ。

 ここで勘違いしてはいけないのは、狂斎でもなく、誰でも良かったわけでもなく、あくまで往壓に言って欲しかったんだ、というところです! ひゃっほう! オッサン万歳。

 ていうか、つい最近にいたるまで「妖奇士」という作品を、“アトルの物語”と捉えていいものか判断しかねていたのですが、クライマックスに来て確信しました。OK、ボクの中ではそういうことで(´∀`)。

天保異聞 妖奇士/アトル
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 何度も感想で書きましたけど、アトルは往壓の「ここにいろ」というセリフでかろうじて吉原を自分の居場所にしました。その時、彼女は嬉しさで桜の花をこの上なく美しいものと認識します。

 すでにアトルには世の現実が理解できていますから、今回はそういう描写はありませんが、ラストでの描写が彼女の成長と吹っ切れ具合を見事に表わしています。アトルは往壓と同じように自分の取るべき行動を定め、奇士たちと志を同じくし、自らもかつては陥った“妖夷を生む”&“異界を開こうとする”行為に走ってしまった不幸な人たちを救おうと、率先して活躍しているようです。

 すこし前までは、妖夷を生む者に同情、またはむしろ理解を示していた側のアトルが、ですよ?

 オトナというのは、いろんなものを失い、いろんなものに妥協し、自分が汚いと解っていながらも這いずりながら生きていくものです。言い方を変えれば、そうできるようになったら、オトナです。往壓しかり、宰蔵しかり、小笠原さんしかり。

 妖夷が神の遺したヨロイ、そして神に似た人の心が引き出した存在であるならば、美味なその肉を喰らうということがどういう意味を成すか。

 そのたくましさ、ある種のしたたかさが、ボクはOPラストの“妖夷の肉を食う奇士”の絵に象徴されていたように思うわけです。

 アトルもある意味オトナになっちゃいました。自分の居場所を見つけ、この世は彼女にとって辛いだけの世界ではなくなりました。大変喜ばしいことです。“人という字は、ふたりの人が寄りかかる姿を表わしている……”と小笠原さん風に締めてみたいと思います(笑)。


 ところでサントラ、当然のように買いました。戦闘の時にお約束のようにかかった「knights of the round table」が一番のお気に入り、あとは予告編でも毎回使われた「main theme」。この2曲があればボクはもう満足です(´∀`)。

 あとは、OVA化が決定したそうで。そりゃあやり残したことはいっぱいあるでしょうねぇ。これも買いましょか(^^)。


ぶるまぁアトル
2007/03/30(金) 05:12 
 さて、「妖奇士」最終回直前です。

 今回は趣向を変えて、アトルのブルマ姿なんぞを描いてみました('∇'*)。


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 アトルの通う学校で運動会とかあったら、奇士たちが皆で応援(見物)しながら酒でも呑んでそうな(^_^;。競技そっちのけで。

 カンケーないけど、なんとなくアビちゃんは“体育教師”なイメージがあります。

今週の 『天保異聞 妖奇士』(#23)
2007/03/19(月) 10:01 
 先週の感想でもちらりと書きましたが、アトルの「揺れる心」というのは、どうしたってぶり返すものであったわけです。自分の居場所がキレイに見えるうちはいいですが、どうにもならない歪み、そしてオトナの理解の仕方を目の前にし、それらが積み重なった彼女の心はついに異界を開いてしまいます。

 ここに居ることに耐え難くなったアトルが生み出した異界。次に出てくるのは、ケツアルよりももっと恐ろしい妖夷なのかもしれません。

 本来打ち切りでなかったなら、アトルの“揺れ”を丹念にあと半年描いて今回のクライマックスに繋がったことと思います。その過程が永久に見られないのは残念なのですが、逆に序盤のペースだったら3~4話は優にかけていたであろうエピソードを1話の中でやってしまうことで、これまでにない小気味良い展開になっているのが素晴らしいとも言えるわけで……(^_^;。

 アトルは大人びた雰囲気が魅力ですが、最初に往壓と出会った頃にも見せたように、かなり直情的で稚い部分も持っています。だからこその揺れであって、「もう迷わない」と決意しておきながらまた揺らぐ他作品の主人公たちとも少し異なっている、ということをボクは強調しておきたいのです。

 ちなみに先々週だったか、宰蔵は「自分たちはここで生きていくしかないんだ」とアトルを諭しています。宰蔵は自分の清濁をきちんと理解し、成長しているというのが解ります(もちろん自分の中のわだかまりを解決した例のエピソードを経ているからですけど)。宰蔵は往壓たちと同じ“オトナ”ですが、アトルはそうではない、ということですね。

 「妖奇士」は、アトルに注目して、“彼女の目に映るもの”を考えながら見るととても面白いです。日本人の登場人物たちだけでは描写しきれなかったはずのテーマが、浮き彫りになっていると思うからです。

 あとは、異界を望むアトルをどのように現界に引き戻すか、です。

 自らを“妖夷”と変わらぬ身体にしてまでも江戸元を救いに行った往壓。彼ならば、きっとなんとかしてくれるハズです。OPとは逆になりそうですけど、もう一度、あの憐れな子に手をさしのべてやってくれい。


今週の 『天保異聞 妖奇士』(#22)
2007/03/13(火) 02:39 
 かりそめの居場所に身を置きつつ、蝶になる女のエピソードを経てなお、“異界”にその瞳を向ける、少女アトル。

 今週のエピソードを見てなんとなく解ったような気がします。
 アトルの現在の“揺らぐ心”は、「またあさってには酒を飲むかもしれない」あの飲んだくれ親父と同じなのです。

 それは“酔い”のようなもの。異界を望む心、すなわち“酒に逃げる行為”にも同義に成り得ますね。本人は心地よくても、周りになにを与えているかわかりません。あの長屋の少女と酒飲みの父親の関係は、これを象徴しています。

 今回のエピソードには実にいろんな要素が入っていて面白かったです。

 あの子が生んだ妖夷は、形をともなっていたから解りやすかったですが、本当は、親父が生み出していたものの方にも目を向けるべきなんですね。

 人が2人以上集まれば、それがたとえ肉親であろうといろいろなものを生み出すということです。ましてやそれが国同士ともなれば。鎖国していた日本で、その先端のわずかな接触ですら、岡田さんのような悲劇を生みました。

 さて、自分を今生の最後の逃げる場所と定めてくれた岡田さんを、アトルはできうる限りの手を尽くして助けようとします。異界を開こうとしていた少女を利用しようとまでしそうになりますが、すんでのところで思いとどまります(やっぱいい子だ!)。

 解りやすいのはこのあたりのテーマもそうでしょうね。救おうとして、どうにもならないものも世の中にはある。今回のお話で良かったのは、岡田氏が切腹の寸前、アトルのいた遊郭のことを思い浮かべて「面白かった」と感慨を述べるところかもしれません。そんな救いは“かりそめ”とアトルは知っていて、「この世は面白いか?」と涙します。なんて優しい子なんでしょう(´д⊂ヽ。

 そんな世の中ですけど、アトルが岡田さんにあげることができた“救い”というのは、決してちっぽけな価値のものじゃない、と信じたいですね……。

 ちなみに、往壓の「今は目をさましても、三日後にはどうせまた酒を呑んで娘を悲しませるんだ」という理解の仕方も、岡田さんの件と同じで、“どうにもならない”ことのうちのひとつなんですよね。やっぱオトナですねぇ。だからこそ、幼いアトルの一生懸命さが可愛いわけですし、流した涙の純粋さが美しいわけですけど。

 今回のサブタイトルの「帰ってこないヨッパライ」は、あの親父であり、岡田さんであり、さらに強引に言えば、アトルのことでもあると思うわけです。

 たった1話のエピソードでのこのまとめ方は、かなり上手いです。こういうエピソードをもっと観たいわけですよ(^_^;。あああ。


 余談ですが、日曜に友人たちとカラオケに行って、「妖奇士」主題歌4曲を全制覇してきました。打ち切り決定記念 orz


石渡りアトルと今週の 『天保異聞 妖奇士』(#19~20)
2007/02/25(日) 02:25 
 「妖夷」が人間の持つ黒い部分が形となったものなら、「異界」とはそこから逃げ出したい心が生み出した仮想の世界。

 少年時代の往壓は、自分自身の存在に空虚なものを感じて、元服と時を同じくして逃げ出します。そしてその前にも一度“異界に”逃げたことがありました。そんなことがあった後の25年は、ご存じのように逃げ続けた人生をおくった往壓。

 これまでのエピソードでも、妖夷を生み出してきたキャラクターたちはそれぞれ心に闇を持っていました。アトルもそうですし、宰蔵もそう。「妖奇士」はそれを解決していく作品なんですね。奥が深くて非常に面白いです。

天保異聞 妖奇士/アトル(石渡りver.)
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 今回のエピソードでは、三人の“往壓”が登場します。いずれも、自分の今いる場所から“逃げたい”、あるいはすでに逃げている者ばかり。そして往壓(オリジナル)は、自分が逃げ続けていたものと相対することになります。

 竜導家にとっては家督の象徴であり、“武士”そのものを表わすあの脇差は、彼にとって捨てたいモノでした。その心が反映されて、妖夷と化してしまった脇差。二番目の往壓(養子)がおとなしく家にいる間はなんの異変もなかったのですが、彼が自分の存在にふと疑問を感じて家出してしまった時に、事件は起こりました。

 脇差しは往壓(養子)に捨てられる形で、往壓の名前とともに3人目の往壓(歳三)の手に渡ります。彼は武士になりたいという夢を持っていた少年(のちの土方歳三)ですが、やっぱり田舎・多摩出の百姓であり、“現在の自分を捨てたい”者のひとりだったわけです。

 かくして、三様の往壓の引き起こした騒動は、往壓(オリジナル)と往壓(養子)の選択によって決着します。

 母と暮らした15年。出奔して後の、25年というそれ以上の長さを生きた往壓は、その自分を捨てられないといいます。家を捨て、親友を殺し、逃げ続けて浮民にまで落ちた往壓が、あの時に浮民の証を消さなかったように、今度もまた現在の自分をこそ自分であると肯定したことになります。

 引っかかっていた家のことも片が付き、母ともきちんと別れられた。それでも……。年老いた母の願いを聞いてやれない男を、どう思う? と少女たちに質問します。「サイテー!!」と答える娘たち。

 客観的な目(アトル&宰蔵)で見なくても、自分で自分のことが解っている大人ということなんですね。若いとなかなかああは“解らない”ものです。

 思えば、逃亡していた25年という歳月は、現界(うつしよ)であっても往壓にとっては“異界”だったかもしれません。奇士になって、ようやく彼は逃げなくて済む、自分の居場所を見つけつつあるのかもしれません。アトルは往壓に「ここにいろ!」と言われてかろうじて今の自分をとどめていますが、往壓は長い間かかって自分自身でそれを獲得しようとしている……というお話なのかも。

 それよりもやはりスゴいのは、そんな男子の迷いやワガママを受け止める、母の偉大さ、というところでしょうか(これも、若いうちには気づきにくいものですが)。

 きっと、往壓(養子)も、あの人にとっては同じように大切な息子なのでしょうね。最後に戻ってきた彼を迎える時の表情がやっぱり素晴らしいのです。う~ん、いいお話でございました。


 こんなに面白いのに、「妖奇士」は打ち切りだという…… (´Д`;)


今週の 『天保異聞 妖奇士』(#15)
2007/01/21(日) 19:00 
 外の世界を望んで、そしてどこへ行こうというのか。さなぎから孵った蝶には「死」しかないとしたら。

 世の中のいろんなものを見せてやる、とアトルにいう狂斎に、往壓は「それは悪いコトじゃない」と鷹揚なところを見せます。完全パパモードで、宰蔵がやきもきしてますが(笑)。

 吉原の“外”を求め、自分でない自分を望んだ女と、そんな女に惚れた男。事件に巻き込まれたアトルは、2人の姿を見て、「わたしはここに残る」と言います。

 「別の風景を求めてしまうのは罪か?」と淋しそうに言うアトル。往壓が言ってくれた「ここにいろ」という言葉を、彼女は噛みしめたのかもしれません。一度は狂斎のアクティブな誘いに心が動きかけましたけど、今回は往壓の勝ち……かな? なんか狂斎の関わるエピソード、意外とあっけなく終わったような(^_^;。

 “愛”がなければ滅びはない。愛という字の本質が「人が後ろを顧みて、心を残す」ならば、アトルは自分の中にそうした心があるからこそ(ぶっちゃけて言えば、往壓や花魁を含めた、知り合った人たちとの繋がりですね)、さなぎにならないようにしようと肝に銘じたのではないでしょうか。さなぎになったら、蝶は孵るしかないのだから。

 後ろ向きの選択ではなく、自分の居場所についての自覚、という話だったのかもしれません(言うまでもなく、蝶になったら死んじゃうからヤダ、という話でもない)。こういう話が書けるから、會川さんってボクにとって無視できない人なんだよなぁ(;´∀`)。


 それはそうと、ちょうど唯一ボクが見逃した第3話が、なんと今月のニュータイプの付録DVDに入っております! ラッキー。


今週の 『天保異聞 妖奇士』(#14)
2007/01/15(月) 04:46 
 視聴者に反感を持ってもらおうという意図も(当然)あって、狂斎のキャラクターには高山みなみさんの声が充てられているのだと思うのですが、困ったことに、狂斎が憎めなくてねぇ(;´∀`)。

 アトルが落としてしまった飴玉を彼が自分の口に放り込む辺りとか、もっと腹立つかと思ったんですけど。

 アトルに「ここにいてくれ!」と真剣な目で言う狂斎。少女にとってはかりそめの場所である遊郭ですが(桜の咲く光景を“美しい”と言いましたけども、やっぱそれでも)、その言葉は往壓が彼女に言ったものと同じです(本質的には違いますが)。

 彼女が胸を打たれるのは当然なんですよねぇ。

 アトルを挟んで往壓と狂斎で取り合う構図になるのでしょうが、OPで描かれている通り、おそらく狂斎にはなにかが足りず、最後は往壓の勝ちになるとは思うんですけどね。3人が、同じ異界を覗ける同類だったとしても。

 ここにいていい(もしくはいてほしい)、という2人の男。それが“アトルが必要”とか“彼女がいないと生きていけない”であれば、アトルはそちらの方に行くでしょう。つまり、弱い方が勝つ。

 往壓さんの今後に激しく期待('∇'*)。

 今日のユッキーはアトルのパパみたいなカンジでしたけど、もともと飄々とした性格なんで、ヒジョーに役回りとしてはしっくりきています(^^)。そういうおっさんがですね、弱い部分を少女に対してさらけ出して、救われるってのが……見たいのじゃよ(・∀・)!


今週の 『天保異聞 妖奇士』(#13)
2007/01/10(水) 02:49 
 OPとEDが変わりましたね。アトル好きとしては、もうEDだけで充分今年いっぱい戦えるよ(・∀・)! 可愛すぎる! 作画的にも、細身で骨が浮いてそうな体つきが絶妙に表現されてて、凄いです。

 OPのラスト、蓬髪でうなだれている往壓に手をさしのべるアトルの姿に胸を打たれました。そう、アトルはこれから先、往壓がどんな境遇に陥ろうと、彼を見捨てることはないでしょう。だって、あの時、往壓が同じように自分に手をさしのべてくれたから……。

 さて今週の感想ですが、たぶん多くの「妖奇士」ファンの皆様の怒りを買いそうな発言しかできません。狂斎の声、合ってないよ……。てか、アトルにちょっかい出すヤツは許さんのです。……が、OPのラストでしっかりとアトルと往壓のことを描写してくれているので、ある意味安心して見ていられるわけですが(^^)。

 

 それはそうと、先週やっていた特番には噴いてしまいました(;´∀`)。もうね、「壮絶バトル七番勝負!」というところですでに間違っとる(笑)。そういう作品じゃないですから! 狙ってやってるんだとは思いますが。

 てか、小笠原のダンナ、二十歳だったの!? Σ(゚Д゚;)



 とりあえず、新年あけましておめでとうございます。

 正月休みには年賀絵を描こうと思っていたのですが、ここ何年かずっと資料に使ってた着物の本を紛失してしまい、結局まだ描けてません…… orz

 その間やっていたことといえば『Fate/hollow ataraxia』。セイバーがひたすら食い気に走っているのを見ては和んでいたお正月。てゆーか、いまだ達成率85%で終わってなかったりします。

 その後、資料の本は見つかったので誰ぞの振り袖姿でも描こうと思うのですが、今のボクのイキオイだと、アトルかセイバーか長門になりそうな気配です。さて。

今週の 『天保異聞 妖奇士』(#12)
2006/12/25(月) 02:39 
 「往壓!」
 「ユキアツッ!」

  あああ~、ゾクゾク来ますねぇ(*´д`*)。先走ってひとりで妖夷の群れに立ち向かう往壓を心配したアトルが、彼を追いかけていくあたり……。もっと往壓さんの名前、叫んだげてっ(笑)。

 Aパート終了直前の立ち上がるカットとか、作画もなかなか良かったですし、予告編では禿(かむろ)のカッコで往壓にお酌してるし! 往壓がリラックスしてる風なのがまた和みます。ふたりにはこの調子でずっと行ってもらいたいモノですが、さて。

 毎回、演出がミョ~なカンジなトコがありますが(冒頭のアビ&元閥とか)、それもそのうち味になっていくんでしょうかね(笑)。いや、好きですよ(^^)。今日は、宰蔵がやっぱり小笠原氏のことを慕っているあたりが垣間見れてさらに良し。

 ラストの小笠原氏と往壓のシーンは印象的でした。見られてほしくない、男の涙。その思いも涙の理由もすべて察して席を立つ往壓が、カッコイイじゃありませんか(´д⊂ヽ。

 今回、もうひとつ好きなシーンがあります。
 往壓が「すまなかった」と雲七にあやまるところ。あのセリフの発し方、素晴らしかったです。藤原啓治さん、惚れちまうよ。


 ちなみにDVD第1巻は買いますよ。最初の#01~#03録り逃してるし(見逃したのは#03のみですが)、4話収録で5000円切ってるって、意外にも手頃な値段ですしね。